ようこそ寄居へ 私の「チルソクの夏」

七夕前の曇りの日
朝から、家事をしながらハングルと英語が乱れ飛んだわが脳内
ほんの半時でしたけどね

せっかく週末の客人から自動翻訳アプリを教えて貰っておきながら、全く準備整わず
試験前の一夜漬けのように、自分の数少ないボキャブラリーを駆使して英作文してました
それも披露する時間はありませんでしたが、とてもいい時間をもてました

韓国からの若いお客様に伝えたかったことは
出かける間際、連想したのが ピカッ

私のルーツと七夕と言えば思い出す、佐々部清監督の佳作「チルソクの夏」でした
韓国の男の子と日本の女の子の淡い恋物語
舞台は釜山と下関 陸上競技の大会 そして七夕=チルソク
折しも七月五日なんですもの
監督は劇中テーマ曲「なごり雪」を何度も使いますが、日本語・ハングルで一番と三番
もう二十年前の映画だし、監督の急死もあり、これだけで涙なのです…(脳内爆発)
百年前のク・ハギョンとあんまの菊次郎の物語とダブります

さて、寄居町へ秩父線で出かけて、今日の舞台は正樹院
関東大震災の時に虐殺された朝鮮人のひとり、具學永の墓参というわけです
「飴売り具學永(ク・ハギョン)」を昨年に漫画本に仕立て日韓で発行した金牧師(キム・ジョンス)さんと共に韓神大学の学生さんと先生方、二十余名がマイクロバスでやってきました
私は地元で「ムクゲの会」を立ち上げたばかりの木島修さんと共にこのところ動いています。ひとえに無窮花=ムクゲの花に心を寄せてます
今日の通訳はこのところ馴染みになった在日の若者達の兄さん格、頼もしいリャン・デリュンさん(大田区)。解説はさいたま市の日朝協会埼玉・関原正裕さんでした
今日はこの後、丸木美術館と大宮の常泉寺という短い時間、少しだけ交流できました

(突撃インタビューを試みたけど、うまくいかなかったです。日本語で何とか相手してくれようとした女学生さん他、みなさまに心から感謝。集合写真は先生がカメラで撮ってくれたけど、お互いにうまく届けられるかしら。この後フェイスブックでトライします)

ともあれ
バスを木島さんと手を振ってお見送り。とても哀しい史実ですが、一瞬笑顔があふれたのは木島さんの人徳。この後二人でランチしながら、この夏の、いえ長いスパンの将来構想を確認し合いました。その心は、ムクゲの花言葉なんです。ウフフ。

二回目の邂逅となった金牧師さん、しっかり者の奥さま、若い先生達と学生さん
私の思い、少しは伝わったかな。
著作の原作というかベースになった故北澤文武さんのお連れ合い、澄子さんにこの日の首尾を届けるのが私の使命です
アウトレットのそばの駅からまた秩父線に乗り籠原へ戻りました
→この項続きます

 
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『さきたま新聞』へようこそ

県北のこの土地には文化の大樹がありました。その根はどこまで伸びているやもしれません。また、その枝々は撓わな実や沢山の花をつけました。「まち」はそこにあり「ひと」もそこにいたのです。
 ただ、時の流れと人の流れが幾枚ものベールを被せて、遠い時代の色合いを封じているのです。しかし、まだ今なら先人の足跡や消息を訪ね、ベールの向こうに到達することができるでしょう。
 故きを温ねることが、真の新しさに至る道です。
 《昭和二十年》を道標に、それ以前とそれ以後の「まち」と「ひと」を探訪し、まさに現在動いている「まち」と「ひと」とに結び、やがて後人の指針に旧都を彷彿とさせることができれば、『さきたま新聞』は風化の諸相に一矢を報いたことになります。
 こうした取材と発表の手段として、現時点では新聞の形式がもっとも有効であろうと考えました。
 私達にできることは、愛惜の情をもって受け継ぐべき遺産を照らし、「まち」と「ひと」とに揺るぎない絆を作る歩みを続けることのみです。
 拙い『さきたま新聞』の頁から、もしも人間の根に関わる話を紐解いて頂けるのであれば、幸甚の至りであります。

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